説得力のない蘊蓄のページ(Унчику Ончка)

 文化とスピリッツについて次のように言う人がいる。およそ世界に己の文化を誇りうるような民族はみな、世界に誇りうる民族的スピリッツをもつ、と。多分に断定的で独善的ではあるが、傾聴に値する意見だと思う。かつて7つの海を支配した英国には格調高いウィスキーがあるし、その英国の植民地として新大陸に栄えた米国には粗野ではあるが若々しいバーボンがある。フランスに至っては、優美で豊潤なブランデーと同時に危険な香りを漂わせるアプサン(現在は禁止されているので飲めない)がある。東洋に目を転じれば4千年の伝統を誇る中国には老酒があるし、はずかしながら我が日本にも焼酎の伝統がある。

 では、ロシアの民族的スピリッツとは何か。ロシア人をして自らがロシア人であることを思い知らせ、その民族的アイデンティティーを鼓舞する、そんな民族的スピリッツは何か・・・言うまでもなくウォッカである。ウォッカなくしてロシアの文化は成り立たない。文化のみではない。ロシアの政治経済産業交通宗教道徳学問芸術全てがウォッカなしでは成り立たないのだ。試みに歴史をひもとけば、かりに帝政治代のロシアにウォッカ税がなかったなら、ピョートル改革も対ナポレオン戦もありえなかったことが分かるだろう(当時の国家歳入の約半分がウォッカ税によるものだとみなす研究者さえいる)。かようにウォッカはロシアの文化と分かちがたく結び付いているのだ。ロシアを理解するためには先ずウォッカを理解しなければならない由縁である。

 となれば、ウォッカさえ理解すればロシアを理解したことになるのか。否。断じて、否である。たしかにウォッカはロシアの民族的スピリッツではあるが、ウォッカのみがロシアのスピリッツであるわけではないし、また、スピリッツのみがロシアのアルコール飲料であるわけでもない。ちなみにエカテリーナ二世が宮廷で飲んだのはワインとシャンペンだったし、ブレジネフやエリツィンがもっぱら愛飲するのはフランス製のブランデーだ。となれば、ウォッカのみならず、ブランデー、ワイン、シャンペン、ビール、浸酒、バリザム、蜜酒と、ロシアで飲まれるありとあらゆるアルコール飲料を理解することこそ、ロシア文化を理解する第一歩ではあるまいか。

 では、いかにしてロシアのアルコール飲料を理解するべきか。実物を飲んでみるのが一番であることは論をまたない。ただし、このアプローチはかなりの時間と体力を必要とするし、場合によっては多少の危険すらともなう。また、個人で飲むことができる量にもおのずから限界がある。となれば従来個人技の領域に属していた各人の経験を持ち寄り、蓄積し分類し、体系化することこそ我々に課せられた時代の急務ではなかろうか。しかし残念ながら、従来日本では、「知」の対象としてロシアの酒が取り上げられることは稀であり、いわんや地域研究の一分野としてこれを位置づけようとする努力は皆無であった。ささやかながら私自身の経験を公開する理由はここにある。

 さて、ここでハイパーテキストにまとめたのは、ソ連崩壊を目前にした1991年から集め始めたお酒のラベルのコレクションだ。これらは私がロシアで暇つぶしに、そしてカロリー補給にと飲みためたアルコール類のかずかずだ。ごく一部の例外をのぞいて、全て実際に飲んだものばかりではあるが、なかには日本で飲んだものもあるし、ロシアで飲んだ外国のお酒のラベルもある。第一、ソ連が崩壊した後、どこまでがロシアといえるのかも曖昧ではないか。しいて定義すれば、旧ソ連圏に関係したお酒のラベルのコレクション、ということになりそうだ。ロシアを理解する手がかりにどうぞご笑覧あれ。

 

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